「僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー」オリジナル問題

作・大隅先生

「なんかまた、ずいぶん違う感じの中学校を選んだんだね」

息子が入学した中学の名前を言うと、多くの人々が①このような反応を示す。

というのも、彼が卒業した小学校と、入学した中学校とは真逆と言ってもいいぐらい違うからだ。

英国では、公立でも保護者が子どもを通わせる小・中学校を選ぶことができる。公立校は、Ofsted(英国教育水準局)という学校監査機関からの定期監査報告書や全国一斉学力検査の結果、生徒数と教員数の比率、生徒ひとりあたりの予算など詳細な情報を公開することが義務付けられていて、それを基にして作成した学校ランキングが、大手メディア(BBCや高級新聞各紙)のサイトで公開されている。

だから保護者たちは、子どもが入学・進学する何年も前からこうしたランク表を見て将来の計画を立て、子どもが就学年齢に近づくと、ランキング上位の学校の近くに引っ越す人々も多い。人気の高い学校には応募者が殺到するので、定員を超えた場合、地方自治体が学校の校門から児童の自宅までの距離を測定し、近い順番に受け入れるというルールになっているからだ。そのため、そうした地区の住宅価格は高騰し、富者と貧者の棲み分けが進んでいることが、近年では②「ソーシャル・アパルトヘイト」と呼ばれて社会問題にもなっているほどだ。

わたしたち一家は、一般的に「荒れている地域」と呼ばれており、近所の学校も常にランキングの底辺あたりを彷徨っている(ので住宅価格も横ばいの)元公営住宅地に住んでいるのだが、③なぜか息子は市の学校ランキング1位の小学校に通っていた。そこは公立カトリック校だった。

英国には公立でも英国国教会やカトリック、ユダヤ教、イスラム教などの宗教校がある。もはやそんなことは忘れていたがわたしは一応カトリックの洗礼を受けており、アイルランド人の配偶者も「14歳のクリスマス以来、ミサに行ってない」と豪語するような人間ではあるが、どういうわけか彼の叔母は修道女だったり、従弟には神父もいるという敬虔なカトリック一族の出身だった。

よって彼の親族にとっては④カトリック校以外に子どもを通わせるなどということはあり得ない。とはいえ、別にそんなことが家訓にあって守らなければ罰せられるわけでもないので慣習に従う必要はないのだが、わたしと⑤配偶者もそれほど強い信条があって不熱心な信者になっているわけではなかったので、なんとなく親族からの無言の要望に押されるまま、息子をカトリック校に入学させたのだった。

ところがこのカトリック校は、わたしたちが住んでいる元公営住宅地と、それに隣接する高級住宅街の二つの教区のためにつくられた学校だった。で、教会に所属して日曜ごとにミサに通うようなコンサバな家庭は高級住宅街のほうが圧倒的に多い。従って生徒も裕福な家庭の子がほとんどであり、こうした家庭は往々にして教育熱心であるのに加え、カトリック校は一般に厳格で宿題などもガンガン出して勉強させるため、小学校ランキング1位を突っ走っているのだった。

卒業時には、この小学校の生徒たちは、ほぼ100%カトリックの中学校に入学する。これがまた市の中学ランキング1位のエリート校なのだが、息子の同級生もみんなそこに進学するし、うちもそうなるのだろうと、わたしも息子もぼんやりと思っていた。

そんなわけだったのでわたしは息子の進学先を探しているわけでもなかったのだが、彼が小学校最高学年になるとすぐに、近所の中学校から学校見学会の招待状が届いた。

そこはもともと、⑥「ホワイト・トラッシュ(白い屑)」というまことに失礼な差別用語で表現される白人労働者階級の子どもたちが通う中学として知られていた。うちの近所でも、ほんの数年前までは、中華料理店のガラス窓にレンガを投げつけて遊んでいるガキどもや、公園の茂みの中にたむろって妙な匂いのする巻きたばこを嗜んでいたりする同校の生徒たちが問題になっていた。が、常に学校ランキングの底辺にいたその中学校が、なぜかいまランクの真ん中あたりまで浮上しているという。

いったいどういうことなんだろう。という好奇心から、見に行ってみたいなと思っていると、

「行ってもいいよ。中学の見学会に行くときは、学校を早退しても許されるし」

と息子も言うので、⑦わたしたちはふらふらと見学会に出かけてしまったのだった。

 

問1:①「このような反応」とあるが、その理由を説明しなさい。

問2:②「ソーシャル・アパルトヘイト」とあるが、その内容と原因を説明しなさい。

問3:③「なぜか息子は市の学校ランキング1位の小学校に通っていた。」とありますが、これについて、

 ⑴なぜ「私」の息子はその学校に進学することを選んだのですか。

 ⑵なぜその学校は市のランキングで一位をとっていると筆者は分析していますか。

問4:④「カトリック校以外に子どもを通わせるなどということはあり得ない。」とありますが、それはなぜですか。

問5:⑤「配偶者」とありますが、これについての説明のうち正しいものを選びなさい。

あ:「配偶者」とは「結婚相手」のことであり、この場合「妻」をさす。そのため、ここでいう「配偶者」はアイルランド人の女性である。

い:「配偶者」とは「結婚相手」のことであり、この場合「夫」をさす。そのため、ここでいう「配偶者」はフランス人の男性である。

う:「配偶者」とは「結婚相手」のことであり、この場合「妻」をさす。そのため、ここでいう「配偶者」はフランス人の男性である。

え:「配偶者」とは「結婚相手」のことであり、この場合「夫」をさす。そのため、ここでいう「配偶者」はアイルランド人の男性である。

問6:⑥「ホワイト・トラッシュ」とは誰のことを指していますか。本文中から十三文字で抜き出して答えなさい。

問7:⑦「わたしたちはふらふらと見学会に出かけてしまったのだった。」とありますが、その理由について説明している文章のうち、正しいものを一つ選びなさい。

あ:「私」は素晴らしい学校に違いないという期待感から、「息子」は今いる小学校から早く逃げ出したいという切実な理由から見学会に出かけた。

い:「私」はどんな学校か見てみたいという純粋な好奇心から、「息子」は学校を早退しても許されるという安直な理由から見学会に出かけた。

う:「私」は知り合いから届いた招待状を断りづらいという理由から、「息子」は素晴らしい学校に違いないという期待感から見学会に出かけた。

え:「私」はどんな学校か確かめてやろうというイタズラごころから、「息子」は気になる学校を調査したいという純粋な好奇心から 見学会に出かけた。

①わたしは「あの学校に行け」と息子に言ったことは一度もなかった。

しかし、熱っぽく元底辺中学校、もとい、近所の中学校のことを話す様子を見ていると、わたしがたいへん気に入ってしまったことは明らかで、それが彼の決断に影響を与えたのは間違いない、と配偶者は言う。

「音楽とかダンスとか、子どもたちがしたがることができる環境を整えて、思い切りさせる方針に切り替えたら、なぜか学業の成績まで上がってきたんだって」

「先生たちも、カトリック校と違ってフレンドリーで熱意が感じられた」

「何よりも、楽しそうでいい。だから子どもたちも学校の外で悪さをしなくなったんだろうね。学校の中で自分が楽しいと思うことをやれるから」

みたいなことを確かに言ったような気はするが、息子にあの学校をお勧めした覚えはない。なぜなら、わたしは自分の息子を知っているからである。

いい歳をして反抗的でいい加減なわたしとは違い、彼は10歳でも分別のあるしっかりとした人間だった。なにしろ、優秀で真面目なカトリックの小学校で生徒会長をしていた子どもである。基本的に、②□□□なのだ。

だから、学校でバンド活動ができるとか、ストリートダンスのクラブがあるとかいうことよりも、彼にとっては全国一斉学力検査の平均点や卒業生の進学率などのほうがよっぽど重要かもしれないし、ギターを習っているとはいえ、彼のギターは(実はけっこううまいと言えないこともないのだが)ただ正確に弾いているという感じで、いまいちグルーヴ感がない。あの日、見学会で聴いた音楽部のファンキーな演奏とは対極にある。

まあそれでも彼はショービズ的なことにはまったく縁がないわけでもなくて、実は7歳の時に菊地凛子さんの息子役でイタリア映画に出演したことがあるのだが、その後、別に俳優や芸能人になりたがるということもなく、うちのような貧乏な家庭の子どもは巨額の借金を背負って大学に行かなくてはならないのだからそのときのために出演料は1ペニー残さず貯金しておけと言ったぐらいの、堅実派なのだった。

わたしの配偶者は一貫して自分の息子を元底辺中学校には通わせたくないと言っていた。生徒の9割以上が白人の英国人だという数字を懸念し、うちの息子は顔が東洋人なのでいじめられると決めてかかっていた。英国の中学校は11歳から16歳まで5年間通う。それはとても長い時間だし、最上級生と最下級生の年齢差も大きい。肉体的にいじめられたりしたら、うちの息子は特に体が小さいので悲劇的なことになりかねないと配偶者は言った。実際、往来でも外国人にレイシスト的な言葉を吐く中学生を見かけることがあったし、よく行っていた中華料理店の子どもが数年前に学校でいじめられて転校したこともあった。

③そこにいくとカトリック校は人種の多様性がある。南米やアフリカ系、フィリピン、欧州大陸からのカトリックの移民が子どもを通わせているし、実のところ、近年、移民の生徒の割合は上昇の一途をたどっている。(ア)「チャヴ」と呼ばれる白人労働者階級が通う学校はレイシズムがひどくて荒れているという噂が一般的になるにつれ、白人労働者が多く居住する地区の学校に移民が子どもを通わせなくなったからだ。(イ)、Mumsnetのような育児サイトの掲示板に行けば、学校選びの時期になると、ミドルクラスの英国人と移民が「あそこの学校は白人労働者階級の子どもが多いので避けるべき」みたいな情報をシェアしている書き込みを見ることができる。

こういう風潮のせいで、昨今の英国の田舎の町には④「多様性格差」と呼ぶしかないような状況が生まれている。人種の多様性があるのは優秀でリッチな学校、という奇妙な構図ができあがってしまっていて、元底辺中学校のようなところは見渡す限り白人英国人だらけだ。そういえば、学校見学会の帰りに、息子もぽつりと「ほとんどみんな白人の子だったね」と口にしていた。

(ウ)、地方自治体に中学校入学申請書を出す締め切り直前のことである。

息子が、突如として元底辺中学校に行きたいと言い出した。直接の原因は、仲の良いクラスメートが元底辺中学校に入学すると決めたからだった。この家庭は、母親がフルタイムの仕事を見つけたので、息子を車で学校に送り迎えできなくなり、歩いて通える中学校に入学させたいと言っていた。

⑤「お前が本当に行きたいなら行けばいいと思うが、俺は反対だ」

配偶者は息子にそう言った。

「どうして?」と訊く息子に彼は言った。

「まず第一に、あの学校は白人だらけだからだ。お前はそうじゃない。ひょっとするとお前の頭の中ではお前は白人かもしれないが、見た目は違う。第二に、カトリック校はふつうの学校よりも成績がいいから、わざわざ家族で改宗して子どもを入学させる人たちもいるほどだ。うちはたまたまカトリックで、ラッキーだったんだ。それなのに、その俺らのような労働者階級では滅多にお目にかかれない特権をそんなに簡単に捨てるなんて、階級を上昇しようとするんじゃなくて、わざわざ自分から下っているようで俺は嫌だ」

息子はしばらく考え込んだものの、決意は変わらなかった。うちは母親のわたしが車を運転しないので、カトリック校に通うとなると、バスを乗り継ぎ、さらにバス停から学校までかなり歩かねばならず、雨の日も寒い冬もそれをやるより、近くの学校がいいよね、という実務的判断もあったようだった。

(エ)、息子は元底辺中学校に入学した。

が、これが拍子抜けするほど最初から楽しそうで、すぐに新しい友達もでき、音楽部をはじめとする複数のクラブに所属して、しょっぱなからとても忙しそうだ。わりと順応性の高い子どもなので、環境が変わったら変わったでエンジョイしてるんだろう。

「全然心配することなかったね」と言うと、「まあ、いまのところはな」と言いながら、配偶者もけっこう安心している様子だ。

そんなある朝。

慌ただしく学校に行った息子の部屋に掃除に行くと、机の上に国語のノートが開かれたままになっていた。

ゆうべ遅くまで机に向かって何かやっていたような気配だったが、肝心の宿題のノートを忘れて行ったのかな。と思ってふと見ると、先週の宿題のページだった。先生から赤ペンで添削が入っている。⑥「ブルー」という単語はどんな感情を意味するか、という質問で、息子は間違った答えを書いてしまったのだった。

「『怒り』と書いたら、赤ペンで思い切り直されちゃった」と夕食時に息子が口にしたので、「えーっ、あんたいままでずっとそう思っていたの?」とわたしは笑い、「ブルーは『悲しみ』、または『気持ちがふさぎ込んでる』ってことだよ」と教えると、学校の先生にもそう添削されたと言っていた。

これがその宿題だったのか、と思いながら見ていると、ふと、右上の隅に、息子が落書きしているのが目に入った。青い色のペンで、ノートの端に小さく体をすぼめて息を潜めているような筆跡だった。

⑦ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー。

胸の奥で何かがことりと音をたてて倒れたような気がした。

何かこんなことを書きたくなるような経験をしたのだろうか。

わたしはノートを閉じ、散らばっていた鉛筆や消しゴムをペンケースの中にいれてその上に置いた。

ふと、この落書きを書いたとき、彼はブルーの正しい意味を知っていたのだろうか、それとも知る前だったのだろうか、と思った。そう思うとそれが無性に気になった。

だけどそのことをわたしはまだ息子に聞き出せずにいる。

問1:①「わたしは「あの学校に行け」と息子に言ったことは一度もなかった。」とあるが、その理由を説明しなさい。

問2:②「□□□」に当てはまる言葉として、もっとも適切なものを以下より選びなさい。

あ:頭のいい子
い:不真面目な子
う:いい子
え:おとなしい子

問3:③「そこにいくとカトリック校は人種の多様性がある。」とありますが、これについて、

 ⑴筆者が挙げている人種のうち、間違っているものを全て選べ。
1:南米の人々
 2:フィリピンの人々
 3:ネイティブ・アメリカン
 4:欧州大陸からのカトリックの移民
 5:アボリジニー

 ⑵その理由を説明しなさい。

問4:ア〜エに入る適切な接続語を以下から選びなさい。

1:たとえば
2:ところが
3:そんなわけで
4:いわゆる

問5:④「多様性格差」とありますが、筆者はどのような状況を指してこの言葉を使っていますか。その理由も含めて説明しなさい。

問6:⑤「お前が本当に行きたいなら行けばいいと思うが、俺は反対だ」とありますが、その理由として「配偶者」が挙げているものとして正しいものを一つ選びなさい。

あ:「息子」は白人であるため、移民だらけの学校に行ったら仲間外れにされる可能性があるから。

い:「息子」はカトリックであるため、カトリックでない他の生徒からいじめられる可能性があるから。

う:「息子」は白人ではないため、白人の占める割合の多い学校では少数派になってしまうため。

え:「息子」が現在カトリックの学校に通っていることは、一家の方針からして望ましいことであり、変更はしたくないため。

問7:⑥「ブルー」という単語はどんな感情を意味するか、という質問とありますが、これについて、

⑴「息子」はこれに対して何と答えましたか。

⑵実際にはどんな意味が正解ですか。

問8:⑦ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー。とありますが、これは本書のタイトルにもなっています。今までに読んだ内容を踏まえて、この一文の意味を自分なりに推測しなさい。

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